2009年9月、初めてモンゴルへ行った。
海外釣行をしだして初の単身釣行だった事もあり、不安と期待が入り混じる旅だったが、結果は大成功に終わり、目標としていたメータータイメンを釣る事が出来た。
タイメンとはアムールイトウの別名で日本に生息するイトウの近縁種だ。シベリア、モンゴルなどの河川に生息し、最大サイズは体長2m、体重90kgに達する。環境破壊や乱獲により個体数が減少してきている。
それからというものモンゴルに魅了され、気が付けばモンゴルへ8回も足を運ぶ事となる。
何故そこまで同じ国に行くのだろう
当時の僕は一国一魚種主義でとにかく魚種を稼ぎたかった。
同じ場所へ行く事は時間のロスだと思っていたのだが、現地人から色々な逸話を聞くと単純な性格も相まってまた行ってしまうのであった。
馬鹿だと思うかもしれない。
しかしそれを信じて良かった事も稀にあった。
今回の話は2013年8月4度目のモンゴル釣行の話だ。
実はその時モンゴルへ行く気は全く無かった。
何故なら既に3度のモンゴル釣行を経験し、メーターオーバーのタイメンを手中に収め、これと言ってやり残した事は特に無かったからだ。
では何故モンゴルへ行ったのか。
コンゴに生息するゴライアスタイガーフィッシュを捕獲しようと思い、様々な準備をしていた。しかし出発2週間前、現地ロッジから悲報が届く。
現地ロッジが武装集団に襲われ廃業したと連絡があった。
当然、前もって振り込んだ金は帰ってくることはなかった。
海外釣行で金銭トラブルが起きると大概帰ってこないからそのつもりでいた方が良い。
むしろそんな事で悲しむなら取得した有休を無駄にせず、どう使うかを考えた方が良い。
こうして僕はコンゴの代替地を考える事にしたのだが、やはりコンゴショックが大きすぎて若干思考が停止していたのかもしれない。
ふとモンゴルの友人ゾリグの顔が浮かんだ。
小説家、開高健の影響が大きいのかタイメン釣りはチョロート川が有名なのだが、8月のシーズン中は雨が多く、かなりギャンブルだ。
モンゴルの大地は土地に保水力が無く、川に濁りが入ってしまう釣りにならない。
僕の渡航日程は8月の初旬で雨も多く、おそらく釣りにはならないだろう。
だとすれば・・・・・・。
そうだシシケッド川へ行こう
この川はロシアとモンゴルの国境付近を流れる川で雨にも強く、秘境で人が奥地まで入れないから巨大タイメンが釣れる可能性が高いと前にゾリグが言っていたのを思い出した。そして遠すぎて最低でも2週間必要と言われ、これまで行けずにいたポイントだ。
だが、コンゴ行きで3週間の休暇を取得していた僕にとって時間は問題ではなかった。
しかし急に決断した釣行と言うのはあまり上手く行った試しが無いが、行かずして後悔するより行って後悔しようと心に決めるも、ギャンブルなのには変わりなかった。
コンゴ行が駄目になり半ばヤケクソになっていたのかもしれない。
「よし、決めた!今回は仕方なくモンゴルへ行く!」
そうと決まれば早速、モンゴルで毎度ガイドをしてくれる友人のゾリグに連絡を取ることにした。
ゾリグはモンゴルの紡績工場を経営する傍らハンティングや釣りのガイドを仕事にしていた。
急遽、モンゴルへ行く事になった経緯を簡単に説明し、彼のスケジュールを確認すると運良くスケジュールが空いており、予約を取り付ける事が出来た。
「ウェルカム!!!オキノジ!!早く来い!!!クマ獲りましょう!!そして送金お願いします」
僕が来ることがそんなに嬉しいのか?それとも臨時収入が嬉しいのかメッセージのテンションがおかしい。
僕の事を沖山と呼ばず、オキノジと呼ぶゾリグ。
正直、彼のテンションの高さに不安しか感じなかった。
8月1日、モンゴルの首都ウランバートルに到着した。そこから国内線を経由して600㎞離れたムルンへ向かった。
ムルンへ到着するとゾリグが満面の笑みでこちらに手を振っていた。
「ハッハッハ、久しぶりー!!!」と言いながらとハグをしてきた。
荷物を受け取り、車へ乗り込もうとすると
「オキノジ・・・・大事なお話があります。プランの変更です」
嫌な予感しかしない。
僕は彼の話をスルーして車に乗り込む。
提案はこうだ。
最初の2週間は釣りをしてその後ウランバートルへ入り、ゾリグがとても気に入られているママさんと呼ばれる人の家でホームステイをするという事だった。
「ゾリグ、それは俺にメリットがあるのか?」
嫌そうな顔をする僕にゾリグは付け加える。
「実はママさんが娘と結婚しろと進めてきています。ホームステイ期間中はお見合いです。ビッグチャンスが到来しています」
意味がわからない。
何でゾリグの見合いに参加しなければならないんだ?
釣りに来たんだよな?そうだよな?
最初のスケジュールだとギリギリまで釣りするはずだったんだけどなwww
難色する僕にゾリグはこのままではヤバイと悟ったのか、こう付け加えた。
「ママさんの土地ではハンティングが出来ます。そして湖もあるので釣りができます・・・・プライベートポンドです・・・・」
全然そそられないんだがwwwwww
どうせこの提案を断ってもどっちみち行く事になるんだろう。
僕がOKのサインを出すと早速ママさんに電話をするゾリグ。 そしてテキパキとした動きで復路の国内線も変更した。
全ての予定が決まり、ムルンの町でキャンプに必要な食糧物資を調達することにした。
どうやら今回はコックが不在らしく、ゾリグ自らが調理担当をするらしい。
不安が拭い去れない僕はビールを大量に買い込んだ。
ある程度の準備も整い、シシケッド川へと車を進めた。
目的地はここから車で結構遠い道のりだとゾリグは言う。
大分アバウトだな。
確かにこれまで5時間で到着すると言われる所、10時間だったり基本時間があてになった事が無かったからざっくり言っとく方が良いのかな?
最初は走りやすい道だが、次第に道はダートコースへ移行し、車は常に上下運動をしている。
途中、怪しい雲が向こうから来たかと思うとパチンコ玉サイズの氷が勢いよく降り出した。
車を脇道に停車させ、氷が過ぎるのを待った。
氷が過ぎ去るのを待ち、車を発進させると今度は頭上から爆発音が鳴り響く。
窓越しから風景を見ていると雷が岩壁に直撃し、岩が粉々に砕け散った。
落雷で砕けた岩がゴロゴロと転がり落ちていった。
危ない、危なすぎるぞモンゴル。
雷は車の周囲で何度も落ちた。
モンゴルの空は怒れる雷神の如く暴れまくっていた。
直撃した場所からは煙がモワモワと漂っている。
氷、雷、次は何が来るのか?
初っ端から飛ばし過ぎじゃないかモンゴル。
釣りをする前にリタイアじゃないかと不安を抱えながら、車は悪路を猛スピードで進んで行く。
時計を見ると深夜を過ぎていた。
てか目的地まで遠くね?wwwww
車は脇道にゆっくりと停車し、ドライバーはあくびを連発している。
まさか・・・。
「オキノジ、ドライバーが仮眠したいと言っているので少し寝ましょう」
そう言うとゾリグは寝袋を出し始め、車外に敷き始めた。
「え?!車で寝れば良くね?何でわざわざ外で寝るんだよwww」
外はこんなにも寒いのに何で野宿?
おかしくね?
モンゴルは夏でも夜になると結構冷える。
しかも北上している為、気温は更に冷えるのだ。
「大丈夫、大丈夫!寝袋2重にしておいたから気にしないで」
ゾリグは笑いながらそう言った。
「オレは野宿とか初めてです。なんだか嬉しいです」
そう言ってゾリグは喜んでいる。
殴りたい、殴ってやりたいと心のそこで強くそう思った。
肝心のドライバーは車の中で毛布に包まり眠りについている。
それでも悪い事ばかりではない。
新月で満点の星空を眺めながら寝るのは悪くなかった。
個人的にはモンゴルの星空は世界でも有数だと思う。
流れ星を数えながら夜空を眺めている間にどうやら寝てしまったようだ。
寒さで目が覚めると既に夜が明け、平原を朝焼けが照らしていた。
寒いし・・・・・まぶしい・・・・・寒さを和らげる為、辺りをウロウロと歩く。
霜が降りていて草を踏むとザクザクと音が鳴る。
まったく起きようとしないゾリグとドライバーを叩き起こし、車を走らせる事2時間、小さな村と湖が見えてきた。
ツァガーンノールだ。
ここでパスポートコントロールを受けるらしい。
軍の施設でパスポートコントロールは難なく受理された。
さあ、目的地までは後少しだ!!!
しかし、ドライバーは車を発進させようとしない。
どうしたのか?と尋ねるとガス欠らしく目的地までこのままでは辿り着けないと言う。
無いなら買えば良いわけでガソリンスタンドへ行くも様子がおかしい。
昨日の落雷が変電所に直撃したらしく、電気がここ一帯に供給されていないようだ。
どうすんだ・・・。
とりあえず、村でガソリンを持っていそうな所へ行き、売ってもらえないか交渉をした。
結果はどこもガソリンの予備が無く、ダメだった。
どうすんのこれwwwww
ここで足止めされるのか?
モンゴルでは頻繁にこのようなトラブルが起こる。
ドライバーが思い出したかのように残り少ない燃料を使い走り出した。
着いた先はドライバー仲間が集まる停留所で訳を話すと彼らにガソリンを分けてもらう事が出来た。
でかした!ドライバーのおっさん!さあ行くぞ!!!
走る事2時間、ようやく目的の地が見えてきた。
日本を出発して3日が過ぎようとしていた。
長すぎだろwwwモンゴルとか直行便6時間で着くぞ。
モタモタし過ぎだろwwww
今回は流石に結構長かった。
他の川と比較すると川幅もあり、多少の雨でも濁る心配は無さそうな感じに見える。
興奮で鼓動が早くなるのを感じた。
ベースロッジに到着し、居てもたってもいられずタックルをセッティングする。
そんな僕を見たゾリグは謎の肉をテーブルに置いた。
「オキノジ、慌てないで下さい。まずは飯です」
なんだこの黒い物体は・・・虫?
「違います。貴重な熊の肉です」
食べてみると見た目に反して美味かった。
その反応を見届け、安心したのかゾリグも食べだした。
何なの、このモンゴル人。
先に味見させんじゃねーwww
結局、大半をゾリグが平らげ昼食というか夕食は終わった。
夕食が終わるとゾリグは巨大なミリタリーバックをゴソゴソと漁りだし、自慢げにライフルの弾を見せびらかす。
「どうですか!これ凄いでしょ!何とかウィンチェスターマグナムです。象も逝けます」
余りにもウンチクが長いから完全スルーで釣りの準備を進める。
像も逝けますとか、モンゴルに象なんて居ないし。
ゾリグは何を血迷ったか、銃弾だけでもかなりの弾数を持参してきていた。
こいつ、戦争でも始める気なのか?
結局この日は今回の釣行を手伝ってくれる遊牧民達との挨拶を済ませ、早々に眠りについた。
「オキノジ、明日は10時には出発するから7時には起きて準備してください!」
たしかゾリグは寝る前にそう言ったと思うんだが、彼が起床した時刻は10時。
「う~ん、良く寝ました」じゃねえよwwwこっちはワクワクして寝れなかったよwww
しかも、時間指定しておきながら「本物の男は時計なんて持ってない太陽の位置で感じ取るものです」とか何なんだよ!!お前の体内時計あてにならねーじゃんwww
寝坊したおかげで出発が遅れている。
準備を急ぐと思いきや、ゾリグ率いる遊牧民達はマイペースである。
ゾリグに至っては、警備隊の家にゴマすって来るとか言って全然帰ってこない。
挙句、キャンプ中に飲もうと買い込んだ酒を勝手に飲んで寛ぎ談笑している。
かなり自由である。
僕と目が合うと、その飲みかけのビールを差し出して来て「さあ、飲め川の神様に祈ろう」だって。
俺の金で買ったビールだけどなwwww
相変わらずのグダグダ感だが、少しずつではあるが準備は進み、陸路から物資を運ぶ馬部隊も到着した。
往路はラフティングで川を下り、復路は険しい山道を馬で帰るらしい。
過去、幾度となく馬に振り落とされている身としては少々不安が残っている。
今度ばかりは馬よ、良い子に歩いてくれ・・・・。
午後を少し過ぎた頃、ようやくボートは川を下りだす。
北西部の針葉樹林帯の事を「タイガ」と呼ぶらしくカラマツが生い茂り、風景はアラスカに良く似ていた。
シシケッドは多くの流れ込みや瀬が点在し、川全体がポイントみたいな感じに見える。
ボートを漕ぎだして1時間が過ぎた。
「オキノジ、ここのポイントが凄く良いです。俺はここで120㎝を釣りました」
ボートを着岸させ、釣りを開始する。
ゾリグは昼飯を作ると言いだし、手際よく準備を進めていく。
出発の準備も手際よくしてもらいたいものである。
どうみても彼らは軽いピクニック気分だ。
「その辺で釣ってみて」
昼食の準備に忙しいゾリグは釣り所じゃないらしい。
スプーンを瀬に向かって投げ込むといきなり60cm程度のタイメンがヒットした。
幸先が良い、ちょっと一安心。
「ここから500m先の上流が凄く良いです。行きましょう」
そこは大きな流れ込みとプールがあり、中々良さそうな場所だ。
ポイントに辿りつくとチェコ人が経営するフィッシングロッジに宿泊しているロシア人の先客が居た。
ロシア人の釣果写真を見せてもらうが、良型タイメンは釣れていないようだ。
黒系の小型ミノーで巨大レノックとグレイリングが釣れるとアドバイスをもらった。
ゾリグはこのロシア人を自分の客にしようと躍起になっている。
「オキノジ!!!紙ある?紙下さい!!アドレスもらいます!!!!!早く!!!」
ちょっとイラっとしつつも、手帳をゾリグに差し出した。
ロシア人と別れてからも同じ場所で粘ったが、タイメンが食ってくる気配はかった。
最初にタイメンを釣ったポイントへ戻って夜まで粘ることにした。
巨大タイメンは現れるのだろうか。
今回の目標は130cm。
正直、釣れる確率は低いと思っているし、釣れたらラッキー程度で考えていた。
次回に続く・・・