春になり雪はすっかり溶けてなくなりましたが、雪解け水(雪代=ゆきしろ)はまだまだ大量に川に流れ込み濁流となっています。
この時期の河川の水温は著しく下がり、そこに住む生き物たちは雪代が収まるのをじっと耐えています。
そんな時期に雪代で増水した小さな河川に遡上してくる巨大魚が居ます。
湿原の王様【イトウ】です。
イトウ
その巨体ゆえに普段は小さな沢には入ってくることは出来ませんが、この時期は雪解け水を利用して産卵のために遡上してきます。
そして産卵場所は雪代が収まったころには産まれた稚魚たちにとって外敵の少ない素晴らしい環境になります。
恋の季節にはオスは身体を真っ赤に染め上げています。
真っ赤なオス
時にはメスを巡って激しいバトルも繰り広げます。
バトル
また赤い身体が目立つせいもあるのですが、メスとペアになれていないボッチなオスもよく見かけます。
僕もペアリング出来ていないので彼らには共感してしまします(笑)
無事にカップル成立したメスは前回紹介した
同様に卵を産むための産卵床を掘っていきます。
産卵床を掘るメス
オスは産卵を促すように身体をぴったり寄せて寄り添ったりメスの身体を軸にして廻りをぐるぐると回ったりと個体によって様々な行動をします。
イトウペア
そのような産卵河川で数か月後に調査を行うと沢山のイトウの稚魚に出会えます
小さくても立派なイトウです。
イトウ稚魚
この稚魚が成魚になるにはオスで4~6年、メスで6~7年、1mを越す大魚に成長するためにはおよそ10年以上掛かると言われています。
他のサケマス類に比べて極端に成長が遅いのです。
なので稚魚時代は他のサカナ達に怯えながらゆっくりと成長していきます。
同場所に生息若いイトウとエゾウグイ
ただ成熟してしまえば河川内に敵は居ません。
生態系の頂点です。
イトウ
寿命も長く、20年以上生きると言われています。
ちなみにサクラマスやシロザケ、カラフトマスのように産卵で死ぬわけではなく、生涯で何度も産卵し子孫を増やします。
それなのに幻の魚と呼ばれるまでになったのは人為的な河川改修が1番の原因です。
また、資源としての価値が見出されていないこともあり、保護活動も行政ではなく各所の団体しか行っていません。
北海道の地名はアイヌ語由来の場所が多く、チライ(アイヌ語でイトウ)という地名も各地にありますが、現在イトウが生息していないところが殆どです。
アイヌと言えば彼らにとってイトウは重要な資源だったようです。
食料になるのは勿論ですが、丈夫な皮は衣類や履物の材料にもなっていました。
伝承にもヒグマを飲み込んだ巨大なイトウが登場します。
またイトウは生息地によってDNAの違いがありますが基本的に1種です。
しかしアイヌたちはチライやオビラメと呼び分け、その姿形で区別できていたそうです。
ひょっとしたら亜種が存在していたのかもと思うとロマンがありますね。
イトウ骨格標本
イトウは日本では北海道の1部にしか生息していませんが、ロシアの極東部にも同種が生息しています。
そしてその他にもイトウの仲間【イトウ属 Hucho】は世界中に居ます。
かつて鎖国中の日本にやってきたペリーがイトウの存在をイギリスの学会に報告したことから日本のイトウは【Hucho Perryi】という学名でした。
しかし近年のDNA分析の結果で日本のイトウは独立した属【Parahucho】ということになりましたので現在の学名は【Parahucho Perryi】となっています。
以前に研究者の方から話を聞く機会があって驚いたのですが、日本のイトウは他のイトウ属よりむしろサクラマスなんかに遺伝子が近いそうです。
僕もヨーロッパでドナウイトウの引きを味わったことがありますが、日本のイトウの方が力強い印象でした。
ドナウイトウ
海に降れるのも日本のイトウだけですから、やっぱり特別感があります。
海イトウ
今回は釣りの話も書こうと思ったのですが、僕は昨年(2021)の夏の高気温で道北のイトウが大量死したのをきっかけに自粛中です。
大量死に関係しない河川でも夏の過酷な環境を耐えている時期のイトウを人間の娯楽のために狙うのはダメだなと考えを改めました。
こちらの都合でちょっかいを掛ける以上、最低限彼らの負担が少ない元気な時期にしないといけませんね。
また堂々と道北で逞しく生きる彼らに会いに行けますように願います。