序章
6日間絶え間なく降り続いた雨が今夜も私のテントを激しく打ち続ける。もう暫くすると完全に日が落ち、僕らのテントを覆う森にも漆黒の闇が訪れようとしている。
増水のため高台の森に移したキャンプ地でも大雨。アムール川支流での生活も残り1日となり、過酷な状況の中で今回最大の目的である1mを超える良型のタイメンを手にすることができた者、未だ手にすることができてない者、6人の猛者達はそれぞれの思いを胸に、蚊とダニに怯えながら残り2日の釣行で今回の旅を終えようとしていた。
私は早々にテントに引き上げこの原稿を書いているが、そろそろ相部屋のマサがウォッカをしこたま飲んでテントに戻ってくる。
今夜も大粒の雨音以上に激しい彼のいびきに悩まされそうだ。
今回のターゲットたち
『タイメン』
またの名をアムールイトウ。最大で2m近くまで成長するサケ科イトウ属の魚で今回の釣行のメインターゲットである。
『レノック』
シベリア・中国北部・韓国北部の冷水域に生息する。70㎝程度まで成長する。食べても美味しい魚。
『アムールパイク』
非常に獰猛な魚で今回の釣行では95㎝を最大で良型が揃った。
『南方大口ナマズ』
日本のマナマズに似ているが比較すると頭部が大きい。非常に巨大化する種でもありヨーロッパオオナマズと同様3m近くになる個体もいる。
『パイクパーチ』
『スカイゲイザー』
日本のワタカの仲間。アムール川本流で釣れた。
いざロシアへ
2018年6月ロシアの僻地で130㎝はあろうかという巨大なタイメンを足元まで引き寄せるにも痛恨のフックオフ。膝から崩れ落ちた。その時の釣行では数は出たものの満足いくような大きな個体を獲ることはできなかった。特に私と藤田元樹氏(以下ゲンキマン)は大きな個体をバラしており、今回のリベンジ釣行にかける思いは人一倍。
それから約一年後の2019年5月24日。ウラジオストックを経由しハバロフスクの空港へ着陸態勢に入ったSU5602N便、私の隣に座ったロシア人の乗客は誇らしげにアムール川を指さし私に観るように求めた。
去年同様その川幅と広大な流域に驚かされたが、同時に、その大河を流れる水の色に愕然とさせられた。流域及び上流の山間部に5年に一度の大雨が訪れ、河川は稀に見る増水。
そして河川を流れる水はミルクコーヒーの色をまとい河口へ押し寄せている。
日本から訪れた私を含め6人は、この時点で今回の釣行が、かなりタフなものになることを覚悟せざるを得なかった。
無事イミグレーションを通過した我々を今回の釣行のコーディネーターが迎えに来た。
早速、用意されたワゴン車に荷物を納め、市内のスーパーに立ち寄り8日分の食料と飲料水、特に私以外の希望でウォッカを山の様に買い込んだ。
その後快適なホテルで翌朝の出発に備え早々就寝した。
翌朝は4時には出発。我々は10時間かけてアムール川本流沿いの小さな港街に到着することとなる。
とても小さなそして静かな港町だが建物の配色も独特で味わいがあり、まるで、おとぎ話にでてくるような街並みであった。
先を急ぐ我々は各自のトランクに入れていた荷物をガイドが用意した防水バックに早々に詰め変えると、我々を乗せたボートは最終目的地の支流上流のキャンプ地へ向けて走り出した。
高台が増水により削られ置かれた船が落水している。土砂が流れ出て濁りの要因となっているよう。
途中野鳥を眺めながら1時間程流れに逆らい船を進める。支流の水も本流同様で濁りと増水は変わらずで上流に進むにつれて更に濁りは悪化の一途をたどっていった。
悪条件は我々の想像を遥かに超えていた。
キャンプ地に到着すると、迫力のある現地ガイドが我々を出迎えた。
荷物を整理しテントに荷物を収めた頃には、空一面に厚い雲がかかりぽつりぽつりと大粒の雨が降りはじめた。
釣行開始
悪天候の中、釣行開始。用意してあるボート3台に2名に分かれて乗り込み、上流・下流へと散っていった。
今回の同行者で一番若手の山根正之氏(通称マサ)と私は、上流目指し舵をきることになる。
空には厚い雲がかかり、大粒の雨が水面を叩きはじめた。
僕とマサは、冷たく激しい雨に打たれ凍えながら竿を振った。しばらく投げ続けるが、全く反応がない。益々激しくなる雨は更に茶色い激流に変わる。今は諦めてキャンプ地へ戻ろうとガイドが我々に促してきた時、マサが大型のレノックをかけた。
残念ながら足元まで寄せてバレてしまったのだが、それは非常に太った美しい個体であった。
キャンプ地に戻った我々6名は、それぞれが乗ったボートの釣果と状況を話した。キャンプ地からの上流はどこも流れが強く同時に濁りも酷い。
上流に向かった二艇での釣果は、難波政佳氏の釣り上げた80㎝程のタイメン2匹に終わった。
一方、下流に向かった一艇。濁りの少ないラーゴに向かっていたのは、去年もロシアで一緒だった沖山朝俊氏とゲンキマン。95cmのアムールパイクをゲンキマンが釣っていた。
どうやら水の状況は厳しいが全く釣りにならない訳ではなさそうだ。
僕らはボルシチで身体を温め、ウォッカを嗜んだ。
強いアルコールに直ぐに酔った僕は、雨の音を聞きながら眠りにつきテント生活初日を終えた。
後編へ続く。