2014年、インド中央部を旅していた私にターバンを巻いた怪しい男が声を掛ける。『あなたは悩み事沢山。私のインコが貴方を占えば、素晴らしい未来たくさん来るね。』
占い師と其の相棒のインコに、200インドルピー(約340円)という法外な金額を支払うと、インコがおもむろにカードの一枚をめくった。占い師はそのカードを確認することなく『3か月以内に貴方は素敵な女性と恋に落ち、幸せな結婚をするでしょう。』と満面の笑みで私に告げた。
その聡明なインコこそ、ワカケホンセイインコ。
2022年に日本で大発生し、再びお目にかかることになろうとは、この時の私は思いもしなかった。
ワカケホンセイインコ(Psittacula krameri manillensis)とは
インド南部からスリランカにかけて生息する、オウム目インコ科の鳥。ペットとして輸入飼育されていた個体が逃げ出すなどして野生化し、問題視されている。日本においても、関東を中心に1960年頃から野生化し定着した。そして、ここ近年は爆発的に数を増やしてきている。
食性は果実などの植物性で体長は40㎝程。寿命はなんと長寿の30年。神経質で警戒心が強い性格ではありながら、知能は非常に高く、人間の言葉も覚えたり、占いの相棒を務めたりすることができる。
ワカケホンセイインコを探せ
2022年8月、関東で大繁殖しているというワカケホンセイインコの大群を探すべく、東京、神奈川のいくつかのスポットを探しまわった。日中は数羽の群れで行動する彼らだが、夜間は外敵のカラスなどから身を守るため大群で集まり、ねぐらで身体を休める。つまり、大群に遭遇する為には、ねぐらの場所をつきとめる事が必須となる。以前は川崎市の等々力緑地にねぐらを構えていたそうだが、2022年1月に、彼らのねぐらの木は全て剪定されてしまった様だった。つまり、彼らは緑地から追い出された訳だ。
とある公園で知り合ったバードウォッチングに勤しむご老人の目撃情報を頼りに、大田区の洗足池周辺と東工大近郊を双眼鏡、600mの望遠レンズと三脚とカメラを担いで歩く。炎天下のなか目的の鳥を探し、写真を撮ると言うのは思ったより過酷で中々の体力勝負だ。
インコを探し回ると見かける野鳥、ムクドリ。
夕方、集団で木々を飛び回る姿はインコの群れと見間違える。
こちらはオナガ。
名前の通り尾が長く、こちらもインコと見間違える。空を飛ぶもの全てがインコに見えてしまう始末。
1日かけて、本命のワカケホンセイインコの写真を撮ることができたのは、わずか2匹。この写真を撮るのが精一杯だった。
ワカケホンセイインコ。
大田区洗足池にて。洗足池の弁天島及び松山周辺の木にとまることが多い。
2匹目のワカケホンセイインコ。
東工大近郊にて。以前はかなりの数が飛来し、ねぐらもあったそうだが、現在は校内緑ヶ丘地区に小さな群れを見掛ける程度のようだ。
双方のポイントは、ねぐらではなく餌場といった感覚で、小規模の群れ(10匹程度)が日中立ち寄る程度と推測される。目標としている大群には程遠い成果であった。
ねぐらは此処だ!
捜索2日目。午後から念のため等々力緑地も観て回る。ねぐらの木を剪定されたとはいえ、数匹は残っている可能性があると淡い期待を寄せる。
2月の剪定からしばらく時間が経ち、新しい緑が伸びだしている。
足元を見ると至る所に無数の痕跡が。
これは!確実にいる。しかも数匹じゃない!大群だ!
翌日朝4時。夜明け前から再び等々力緑地に足を運ぶ。昨日見つけた糞がびっしりと付いた遊具の脇の木にライトをあてる。そこには、インコが木にとまり身体を休めている。しかも、ものすごい数だ。遂にねぐらの場所をつきとめたぞ。彼等は元々のねぐらの木を剪定され、緑地から追い出されてしまったと思っていたが、どうやら思い違い。逞しくも周辺の木にねぐらを移したに過ぎなかった様だ。
辺りが薄っすらと明るくなりだすと、徐々に群れの全貌があきらかになる。
よく観察するとワカケホンセイインコはとてもかわいい仕草をする。ペットとして人気があるのも理解できる。因みにペットショップで購入すると2万円~4万円もするそうだ。
一人ですけど良いですか?と、暖簾をくぐるような寂しいサラリーマンの真似をしてみたり。
ピースサインをしてみたり。
『おほほほほ』と世田谷のマダムが笑うような仕草をしてみたり。
夜が明けて辺りが明るくなると、彼らはいっせいに朝日に照らされて澄んだ空に飛び立った。その数1000匹以上。
紅白歌合戦の様に、野鳥の会の方々がいないのでおおよそ数ではあるが。
何れにせよ、青い空に生える鮮やかなエメラルドグリーンの大群の飛行は圧巻。約4000万円が宙を舞ったかと思うと、それぞれの群れに別れ、餌場に向かって方々に飛び去った。
2022年8月。
ワカケホンセイインコの大群を観察できるのは此処。夕方日が沈む前と明け方日が昇る直前に観に行くのがお勧め。
因みに2014年私の『素晴らしい未来』を占ったワカケホンセイインコだが、当時の私には既に妻と二人の娘がいて幸せな家庭を築いていたことを追記しておく。知能は高くても流石に未来を予測する力はないようだ。