最強で無敵で絶対的。
完璧に完成された形姿は究極的。
大河の深間に君臨する永久的最高権力者。
僕の心の中の空想かもしれないけれど…。今回の主人公はそんなキャラ。
ピライーバという魚
皆さんお察しの通り、この話の主人公を務める魚はピライーバだ。
メコンオオナマズやヨーロッパオオナマズと肩を並べ、全長3m以上にまで成長し、まさしく世界最大級の超大型淡水魚だ。
急流に生息するのに適した完璧な流線形の体形、何でも食らおうとする巨大な口。
川の最深部を好み太陽なんて浴びる気すらないのに、陽光にあたると宝石よりも綺麗に輝く体色。
僕にとって全てが完璧なこの巨大ナマズは、南米大陸の大河に生息する肉食魚で、地域によっては生息数が激減しているという。
超大型生物の宿命と言えばそれまでなのかもしれないが、100年生まれるのが遅かったらと想像すると、こんな生物と触れ合える現代も悪くないって感じるのは僕だけではないはずだ。
人生の羅針盤
怪魚釣りという世界観を人生のコンパスが指し始めたのは17歳の頃だったのかもしれない。
当時は怪魚なんて便利な言葉は今ほど浸透していなかったし、周囲の釣り仲間といえばバス釣りやヘラブナ釣りを楽しむ王道的な釣り師ばかりだった。
確かバサーだったはずだ。バス釣り雑誌に掲載されたタイ王国の釣りに関する記事を読んで初めてシャドーが変わった魚だと意識した。
シンガポールに棲んでいた頃に貯水池でこの魚を釣った時は、ただのスネークヘッドとしか感じなかったのに。
今まで同じ組織にいた人のことが、急に気になり始めた感覚に似ているのかもしれないな。
以来、シャドーを釣り、ガーを釣り、メコンオオナマズを捕まえ、あっという間に怪魚の世界へ没入していくことになった。
自分の欲望に任せた釣り旅
怪魚釣りを始めた人の多くが夢見るフィールドといえば、南米大陸の大アマゾンだろう。
僕も例外ではなく、アマゾンへの釣行に大きな憧れを抱きながら生活していた。
夜行バスや乗合バンを乗り継いで地球の裏側に手付かずの状態で残されるという彼らの生息域を目指したのだが、ブレコ読者ならどんな旅路を経て、僕がエセキボ川でピライーバを追いかけているかもうご存知のことだろう。
ナマズ釣りキャンプ2日目
憧れのレッドテールキャットフィッシュを釣り上げたあと、レオパード、バルバード、ドルフィンなど、次々に南米らしいナマズ達との出会いを果たした。
ボートマンに無理を言って夜釣りでアイマラ(タライロン)を狙ったが不発。気が付けば、あっという間にピライーバを狙った3日間のキャンプは最終日を迎えてしまった。
最終日の朝
とにかく沢山の魚種を釣りたいという僕の想いに答えてくれていたボートマン2人だったが、ピライーバのヒット無く最終日となり、本気モードになってくれているのが分かる。
ボートマンの本気度って、釣りに関わるとこだけじゃなくて、例えば朝起きた時の第一声、テン場の撤収速度、そして目つきなんかで計り知れる。
怪魚釣りは信頼できる腕利きボートマンとの出会いが結果の90%を左右すると言っても良かったりするのだ。
それにしても、本当に真剣でモチベーションの高い若者2人に感激だ。
僅かな現金だけを持って唐突に村を訪ねてきた日本人の夢を叶えようと奮闘している姿をみて、ピライーバは絶対に彼らと一緒に釣りたい。そんな風に心揺らぐ瞬間がある程だった。
ガイアナで駄目なら、この後スリナムへ向かおうと思っている。そんなBプランを持っていたのはココだけの秘密にして欲しい。
巨大魚との闘い
『昼過ぎには村に着くように帰る。時間が減っているのは分かるけど、ココは少しだけ粘るぞ。最後のポイントにするかもしれない。ここはピライーバの実績が多い場所なんだ。』
そうボートマンに言われたポイントは、エセキボ川本流のド真ん中にある巨大な中洲の下流側。
流れは大きく渦を巻き、水深は優に20mを超えていそうだった。
ピライーバが好む環境を予習していた僕としても、なんで初日からここでやらなかったと思える超一級ポイントだ。
一際大きなドルフィンキャットの頭を針につけ、反転流の渦の中に沈めこむ。道糸を名一杯出して中洲で待機となった。
ここでピライーバが掛かる。あとは、確実にフッキングを成立させ、絶対に切られずバラさず取り込む。
強烈なアタリが僕たちを襲うまでの30分間、ずっとイメトレを続けていた。
残量が低下したgo proのバッテリーを案じ、動画は回していなかった。ヒットしてからすぐに回せば良いさ。それくらいの余裕はあるだろう。
僕のgo proは音声操作機能が故障しているのだ。それと、カメラが回っていない時に本命って掛かるもの。柄にもなく験を担いでみた訳だ。
絶対来ると予想した通り、道糸を挟んでいた洗濯ばさみがパチンと音を立てた。
カメラの録画ボタンを押す余裕などなかった。咄嗟に竿を持ち、思いっきり竿を煽ってアワセを入れる。
僕の動作と時を同じくして、ボートマンはエンジンを掛けて船を発進させる。
ブレイクに道糸を食われる前に素早く魚の真上を取りに行くためだ。
もう一人のボートマンは中物タックルを回収してくれている。連携プレイは完璧だった。
深間から巨大魚を浮かせてくる段階になるとリールのハンドルから手を離す余裕ができ、go proのレックボタンを押した。これはバラしてしまう典型的なパターンなのかと脳裏を過る……。やっぱり験を担ぐことが僕は嫌いだ。
最初はピライーバだと確信していたのだが
重量感と速度は充分だった。
ケド、予習してきたピライーバ特有のヘッドシェイクを感じない。
僕だって薄々感じていたが、魚影を見ることなくボートマンからジャウー宣告があった。
確かに巨大だった。長くて重くて太くて立派なジャウーだ。
こんなジャウー、狙ってもきっとなかなか釣れないはずだ。
でも、ピライーバではなかった。持ってなかったなオレ。運は平等なんて誰が言い出したんだろう。
今回はジャウージャーニーだった。ジャウーだって強く憧れ、絶対に釣ると決心した魚だったじゃないか。数もサイズも出て満足感を高く持とうじゃないか。
きっとピライーバはこの後の旅路で出会えるはずだ。心を鬼にしてスリナムへ向かうぞ。
この魚をリリースしたら村に向かって船を走らせることは分かっていたので、必死に、このサイズ感のジャウーの価値を見出そうと足掻いた。
金で物が買える世界
少し時間が経って僕の心は晴れ晴れしていた。長時間に及んだドライブの間、村に戻ったら夕方まで、またピラルクを釣らせてもらおうかな。パヤーラ(カショーロ)も淡水ドラムも釣ってないし、どっちをリクエストしようかな。そんなことを考えていた。
昼休憩を村の売店で30分程とり、スリナムでは釣れないと思っていたパヤーラを釣らせて欲しいと頼んでみると、「何を言っている!ラウラウ(ピライーバ)を最後まで狙うぞ!そのために早め早めに動いてたんだぜ!最後に行くポイントでも駄目なら、夕方パヤーラをやって帰ろう。」
生き生きとした眼をしたボートマン2人に連れられて向かったのは、村からすぐ近くで本流に合流する細い支流だった。
運は平等に降り注ぐ
川幅が一気に狭くなりピライーバが釣れそうな雰囲気ではなくなったが、これまで散々本流筋を狙っていたので支流の風景は新鮮だった。
なんの変哲もない真っすぐな流れにボートを止めて「ココだけ、めちゃくちゃ深いんだ。今までに2回だけピライーバを釣ったことがある。」とボートマンが淡々と教えてくれた。
ナマズ釣りの特効餌であるクーティーことマトリンシャンを針につけ、支流の川底へ落とし込む。水深は15mくらいあるのかもしれない。
アタリを待っている間は不思議と期待感に満ち溢れていた。村に戻ったらピライーバの可能性は無いと、一度絶望したからかもしれない。
中物タックルには相変わらずブラックピラニアが纏わりついていた。ボートをセットした木陰から深みまでキャストでは届かないのだ。
ピラニアとファイトを開始したとき、ボートマンがGTタックルの道糸の動きを察知して声を上げた。と、同時に洗濯バサミがパチンと音を立てた。
この先の動きは、さっきのジャウーと同じだ。3人がそれぞれ迅速かつ正確に行動した。
明らかに違ったのは、魚の引きだ。ゴンッ!ゴンッ!と鋭い衝撃がロッドに伝わってくる。
間違いない。これがピライーバのヘッドシェイクだ。
3人ともにピライーバと確信しながらのファイトの末、ついに僕は夢の魚を釣り上げることができた。
釣り上げたピライーバは尾鰭にフィラメントが残る若魚で、サイズ的にはまだまだ小さかった。
それでも、初めての1匹を求める僕にとって一生の財産となる出来事であった。
そして、終始僕の価値観をしっかり理解してサポートしてくれたボートマン2人も大喜びしてくれた。
まさにブザービーターのような結末だと1人酔いしれていたが。
もしかしたら彼ら2人にとっては戦略通りの展開だったのかもしれないな。
1投目で釣れた魚よりも苦労して焦って、最後に釣り上げた魚の方が不思議とね。嬉しいものだから。
そんな憶測をしてしまうくらい、この後の旅路でも彼らの言ったことはズバズバと当たっていくのであった。