石垣島の海岸線。辺りはすっかり暗くなり、足元には無数のオカヤドカリが這いまわる。ガサガサと言うヤドカリの音が、波の音と共に鳴りやまない。オカヤドカリ達を踏まないように歩みを進め、陸にみえる琉球石灰岩の周囲にライトをあて、最強の陸生甲殻類ヤシガニを探した。
ヤシガニとは
陸上の甲殻類もしくは節足動物としては、最大の生物でオカヤドカリの仲間である。大きな個体は4㎏を越え、足を含めると1m幅を越えてくる驚愕の大きさ。幼体期は貝等に身体を収めるが、成長に伴い身体を貝に隠すことを止める。
むしろ、彼らの巨体を収める貝がなくなるからではなかろうか?
食性は雑食性で、アダンなどの木の実、果実、ウミガメの卵等から海に打ちあげられた魚等の死肉までも貪欲に食す。
そんなヤシガニにおいて、特筆すべき注意点は下記の2点
①ヤシガニは雑食性の為、人間にとって有毒な菌、寄生虫、毒を体内に取り込んでいる可能性がある。その為、非常に美味しい身を持つ彼等だが、我々人間が食した際には、調理方法を誤ると中毒を起こしたり、下手をすると死亡したりする事もあるそうだ。
②ヤシガニの爪は非常に強力。その爪を用い硬い木の実やその皮を砕いて食べます。その破壊力は400㎏に及ぶとされており、ライオンや巨大なワニの噛む力に匹敵すると言われている。要するに人間の皮膚を削ぎ落としたりや、指を切断することもその気になれば容易にできると言う事。ヤシガニを見つけた際には、迂闊に手を伸ばさないようにくれぐれも注意しておかないといけない。
ヤシガニの生息地
先ずは、日中に生息が噂されているポイントをいくつか観て回った。成体のヤシガニは温暖で多湿な内陸部へ生息域を伸ばすこともあるが、海沿いに彼らの大好物である熟れたアダンの木実が多いことから、やはり圧倒的に観察しやすいのは海岸近郊。
海岸へと歩みを進めると琉球石灰岩を多く観ることができる。この石灰岩はサンゴや貝が堆積してできたもの。沖縄本島南部や宮古島等の琉球列島の土壌の多くを形成している。凹凸の多い石灰岩はヤシガニの格好の隠れ家ともなる。
保湿性・通気性に優れた石灰岩は石垣や壁材などの建築資材としても利用される。
アダンが生茂る海岸沿いで、岸側に琉球石灰岩が多く観られるような場所が過去にヤシガニに多く出逢えているポイント。今回訪れた場所は期待が膨らむナイスなポイントだ。
さて、彼らの活動が盛んになる夜まで一休みして待つことにしよう。
ヤシガニを探してみよう。
周囲はすっかり暗くなった。海岸は街灯もなく波の音が心地よくすっかり寝過ごしてしまった様だ。
昼間目星をつけたポイントに歩みを進めると足元には無数のオカヤドカリが這いまわり、私の歩みに合わせては、驚き、そして貝の中に身を隠す。
ムラサキオカヤドカリ(Coenobita purpureus)
オカヤドカリ全種が国の天然記念物に指定されているので、迂闊に触れたり、捕獲すれば処罰の対象になる可能性もある。ムラサキオカヤドカリは体色もスタンダードなヤシガニの体色に似ており、貝を背負ったヤシガニの幼体と誤認する方も多い様で注意が必要。
ナキオカヤドカリ(Coenobita rugosus)
同じくオカヤドカリの仲間。オカヤドカリの仲間では小型種。今回のポイントに数千の個体が這いまわっており、踏まないように歩くのに一苦労。
アダンの木に囲まれた琉球石灰岩にライトをあて注意深く探していく。いとも簡単に3個体のヤシガニが姿をみせてくれた。今夜は非常に運が良い。相変わらずその容姿は異形の甲殻類だ。
自然下で観察するヤシガニの体色は殆どが青色。写真の様な赤い個体を見掛けることは稀。
ヤシガニを観察してみよう。
さて、今回姿を魅せてくれたヤシガニの最小個体をしっかり観察させていただいた。
ヤシガニの目は眼柄(がんぺい)と呼ばれる頭部から離れた位置にある複眼が一対。色は深い赤色をしている。複眼は小さな目が集まることにより広範囲の視野でものを認識できるメリットがあります。
頭部を横から観ると太ったザリガニの様だ。触覚は2対の計4本。臭いを感じる触覚と触って物を感じる触覚の2種の触角をもつ。
そしてこれが最強レベルの破壊力を有する爪。
貝殻を背負わないヤシガニの腹部外側も非常に硬い。そして、最後尾の足にも小さな爪を持つ。
一方、腹部内側。通常時ヤシガニは柔らかい腹部内側を守るため腹部を丸めるようにして活動している。
腹部に腹肢と呼ばれる卵を抱える器官が観られるのがメスになる。この個体はその器官が見当たらないためオスの様だ。
ヤシガニを食べてみた。
世界的にみても、ヤシガニが乱獲や環境変化に対応できず生息地から姿を消したケースも少なくはない。環境変化はともかく、乱獲は彼らの持つ濃厚な身が食用として非常に人気がある事が原因している。
私自身も2020年インドネシア西部へ釣行に出掛けた際には、現地の夕食で毎晩の様にヤシガニが振る舞われ、美味しく頂いていたものだ。
今回石垣島を訪れた際に、居酒屋で見掛けたので注文してみることにした。金額は、石垣牛の焼肉とセットになっており容赦なく15,000円と非常に高額。お味の方は非常に濃厚な蟹。殻が厚く硬いので身を取り出すのに苦労するが、蟹よりも旨味が強く、それを更に濃厚で油分の強いヤシガニの濃厚みそに絡めて頂くと更にに美味しかった。希少種を食べたという後味の悪さを除けばの話だが…..
ヤシガニが好むアダン実ではないが、石垣島ではアダンの新芽を食べさせてくれる居酒屋もある。タケノコを繊細にしたような新食感で良い。ちょっとだけヤシガニになった気分に浸れるかもしれない。是非こちらをトライしてみてほしい。